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批判は賢い選択肢ではないということ

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「作品への批判は基本的に賢い選択肢ではない」と前々から思っていたので、ここに言語化してみます。

映画を例に取ってみましょう。映画を見るには、映画のチケット代やレンタル代に加えて2時間程度の時間が必要です。大事なお金と時間を費やした上で、「その映画が面白くない」と感じれば損をした気分になるでしょう。けれど人間は、損失回避バイアスという損をしたくない心理的バイアスを持っています。

それを踏まえると、ある人が良いと評価している作品を批判することは、その良いと評価した人に対して認知的不協和(不快感)を与える行為と同じだと分かります。さらに不快感を覚えた人は、批判行為を行った人に対しても良くないイメージを抱きます。「これは損失回避バイアスのせいによる不快感だ」「批判者の人格と意見は別けて考えるべきだ」と、合理的に考える人の割合は少ないと推測できるので、結果的に多くの人を敵に回してることが分かります。

言わずもがな作品の制作に関わった人はより強い不快感を覚えます。そのため批判の前に、周囲にどういう影響を及ぼすかを、一息ついて考える必要があります。その批判が建設的に働く可能性があるにしても、受け手がどう感じるかを考えるべきです。「作者の気持ちなんて知ったこっちゃない」と言えばそこまでですが、周囲の人はあなたを受け手のことを考えられない人だと認識してしまいます。

以上のことから、批判行為そのものは、本人にとっても多くの場合賢い選択肢ではないと考えることができます。

エンジニアで言えば、何らかのOSSに対して言葉を選ばない批判をすると、コミッターのやる気が削がれますし、そういった批判の集まるOSSに対して、社会的承認を求める人たちはコミットすることに気後れを感じるでしょう。大局的に見れば、批判は世界をあまり良くないベクトルに向ける行為です。


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